我国の石炭埋蔵量860億トンと推定されているが、年々5千万トンづつ掘って行けば320年で無くなる勘定になる。将来需要の増加を見込んで年々4億トンづつ掘るとすれば僅か40年で無くなる勘定になる。世界各地に埋蔵されている石炭はいまだ多量にある様だが、掘り出しを止めなければついに早晩無くなる時が来るに違いない。それが将来の増掘を予想すると存外早くその時が来るかも知れない。石油でもその通りで、越後の高田や柏崎が石油で活況だった事も過去の夢となり、今では諸方に試錐を入れて新油田の発見に躍起となっている有様である。有名な米国ペンシルバニアの石油も年々産出量が減少し、油田が他方に移動して行くという話だ。この様に石炭、石油等の化石燃料は一旦掘出したらそれだけで無くなり補充がつかない。補充のつかないものを掘出しを止めなければ遂には無くなるのは当然の事である。我々の唯一のエネルギー源とする燃料がこんな有様では心細い限りである。仮に百年、二百年先の事とはいいながら、我々はこの問題に多少の対策を考究しておく必要はあるまいか。
石炭、石油等の化石燃料にたやすく代わるものはこの世界に出現する農産物、林産物等の新生燃料である。澱粉質や糖類は容易にアルコールになり、木材等はそれ自身既に燃料に適したものである。アルコールはモータースピリットとして用いられ木材は直接燃料としてモーターが運転される。これ等の燃料はどうして出来るか、あたかも化石燃料が古代の太陽照射に因んで出来た植物の、或いはその植物を食して出来た動物の遺骸である様に、新生燃料は近代に於ける太陽照射により出現したものである。太陽照射とは太陽から地球にエネルギーがやって来るので一種の輻射エネルギーとなって来る。それが地上の万物に吸収されて初めて熱となるのである。太陽からエネルギーが一体どれ程地球にやって来るかというと、東京付近では1平方米、1ヵ年に150万カロリーであって約230キロの石炭を燃やして出来た熱と同じである。これを地球全面に対して勘定してみると、1年間に10億トンの石炭を燃やして出た熱の20万倍に当たるのである。ここに1町歩の地面<約1ヘクタール=3000坪=9900u>が東京付近にあるとするとその地面に受ける太陽照射の量は2300〜2400トンの石炭を燃やした熱に当たるのである。実に大きなものであって、他界<宇宙>から地球へ来るエネルギーはこの太陽照射を除けば殆どないと言っても差支えない。
人類がこの太陽照射を利用する事には未だ原始時代である事を免れない。干物を作るとか、或いは洗濯物を乾かすとか又は水力電気<水力発電>とかがある。水力電気は太陽照射に依って蒸発した水の蒸気が天へ上って凝結して水となったものの極めて小部分を集めて高い所から低い所へ落として発生する動力を電気のエネルギーに換えたものであるが、その利用率は極めて微少でまだまだ化石燃料に代わる訳には行かない。残りの一つは太陽照射によって自然に出来た新生燃料を利用する事であるが、我国に出来る薪材の総量ははっきり判らないが、1年で1500万トン程度であろうからとても化石燃料の代用にはならない。
太陽照射のエネルギーが植物体内に蓄積されるのは同化作用によるものである。食物体に緑色の部分があってそこには葉緑素という緑色の色素がある。その部分には又生きた蛋白質、即ち元形質がある。この両者共同のの働きで初めて空気中の炭酸ガスを採って太陽照射のエネルギーを吸収して、これを還元し、炭素を自体に採り酸素を放出する。こうして太陽から来たエネルギーを化学的エネルギーとして自体に蓄積するのである。先ず最初に炭酸ガスからフォルムアルデヒドを生成し、それが重合して砂糖となり植物の体液中に入り植物体の各部分を造ると言われる。しかし、この同化作用は未だ人類の手の内へ入らないのである。葉緑素と生きた蛋白質のご厄介にならなければ同化作用が出来ない。昔から実験室内で炭酸ガスと水とを日光にあててフォルムアルデヒドが出来たとか又は出来ないとかいう報告は多数あるが、要するに甲論乙駁<コウロンオツバク=議論がまとまらないこと>で未だ定説がない。かの窒素固定事業の様に以前は人間には窒素化合物は出来なかったが、今日では工場で製造が行われる様になったが、同化作用は未だそんな訳には行かない。同化作用は天然のままに放置するより外には途がない。天然のままに放置して置けば1uの地面で1年間に新生燃料として1300〜2000カロリー位を生じるので1年間の太陽照射150万カロリーに比すれば僅かにその千分の一程度である。しかし同化作用には種々の特徴があってこれを研究すれば現在の所能率上げる可能性がないでもない。
先ず、空気中の炭酸ガスの量を増せば同化作用はある一定の程度で増大するのである。空気中には通常1万分の3容積の炭酸ガスを含んでいる。これを何等かの方法で増せば同化作用も従って増加する。これを将来我国の工業的水準が上がるに従って可能な事だと信じる。諸工場の煙突から噴出する炭酸ガスが多い空気を精製して温室内或いはその他にある植物に配給する事は全く可能な事である。只今俄かにこれを採算的に行う事が出来ないというだけである。これを炭素肥料と称している種々の試みが既に行われている。ドイツでやった簡単な試験でも3倍からの収穫を上げている。又同化作用で太陽光線を全部植物に当ててその当たり方を今の25分の1にするうまい工夫がつけば同化作用は現在の25倍になる訳である。
同化作用に必要な光線は太陽光線の内、赤の光線が第一で次が青の光線であるという。それなら青より短い波長の光線に変え、赤より短い波長の光線を赤に変える事は今でも可能である。即ち蛍光体を使用すれば変えられるのである。その他に、これを助長する方法はなお沢山あるが、ここでは省略する事とする。とにかく将来新生燃料増産の為これ等諸事を実行するならばすべて学理上に立脚させる正確な操業を実施する必要がある。今まで自然のままに放置した同化作用に人為的な支配を加えなければならないから従って農村を工業化しなければならないのである。こうして初めて新生燃料の獲得が保護されるのではあるまいか。他日、同化作用が人類の手に入り、生きている蛋白質のご厄介にならないで出来る様になれば恐らくは地球の全面に亘って工場設備が発達するのであろう。
ここに今一つだけ未だ開けない、しかし将来相当に利用されるべき大きなエネルギー源がある。これは放射性物質である。放射性物質の原子は定時間、一定量あて崩壊し、その崩壊する時に当たってエネルギーを出すのである。放射性物質の一種のラジュウムはその1グラムが崩壊する時には900kg.の石炭を燃やして出た熱に当たるエネルギーを出す。エネルギー源としては相当のものであるがこのエネルギーはラジユウムの生命即ち約2500年間に出てくるのであって色々な方法でラジュウム原子の崩壊を促進しようとしても不可能なのである。矢張り一定時間に一定量のエネルギーしか出ないのである。
物理学者はサイクロトンという機械を使用して放射性のない物質かた放射性を有する物質を造りだす研究をやっているが生命の短いもの、即ち一定時間内に比較的多くのエネルギーを出す物もあるが、その作り出される量は今の所極めて微量である。将来化石燃料が無くなるまでに同化作用の方が咲きに我々にエネルギーを供給するか、或いは放射性物質が先に供給するか、或いは放射性物資が先に供給するかは見ものであろう。
註本稿はご逝去の直前、昭和16年1月10日頃のご執筆で1月14日発行の「東京帝大新聞第839号に寄稿されたものである。 |